NO.10386846
源氏物語 訳
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0 名前:源氏:2009/12/01 13:16
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すべて、お返事は並大抵ではない。お使いへの禄も、それぞれに気をつかっていたが、
末摘花は、東院にいらっしゃるので、もう少し違って、一趣向あってしかるべきなのに、几帳面でいらっしゃる人柄で、定まった形
式は違えなさらず、山吹の袿で、袖口がたいそう煤けているのを、下に衣も重ねずにお与えになった。お手紙には、とても香ばしい陸奥国紙で、少し古くなって厚く黄ばんでいる紙に、
「どうも、戴くのは、かえって恨めしゅうございまして。着てみると恨めし
く思われます、この唐衣は お返ししましょう、涙で袖を濡らして」
ご筆跡は、特に古風であった。たいそう微笑を浮かべなさって、直ぐには
手放しなさらないので、紫の上は、どうしたのかしらと覗き込みなさった。
お使いに取らせた物が、とてもみすぼらしく体裁が悪いとお思いになっ
て、ご機嫌が悪かったので、御前をこっそり退出した。ひどく、ささやき
合って笑うのであった。このようにむやみに古風に体裁の悪いところがお
ありになる振る舞いに、手を焼くのだとお思いになる。気恥ずかしくなる
目もとである。
﹇ 第三段 源氏の和歌論 ﹈
「昔風の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』といった恨み言が抜けないです
ね。自分も、同じですが。まったく一つの型に凝り固まって、当世風の詠
み方に変えなさらないのが、ご立派と言えばご立派なものです。人々が集
まっている中にいることを、何かの折ふしに、御前などにおける特別の歌
を詠む時には『まとゐ』が欠かせぬ三文字なのですよ。昔の恋のやりとり
は、『あだ人–』という五文字を、休め所の第三句に置いて、言葉の続き具
合が落ち着くような感じがするようです」
などとお笑いになる。
「さまざまな草子や、歌枕に、よく精通し読み尽くして、その中の言葉を取
り出しても、詠み馴れた型は、たいして変わらないだろう。
常陸の親王がお書き残しになった紙屋紙の草子を、読んでみなさいと贈っ
てよこしたことがありました。和歌の規則がたいそうびっしりとあって、歌
の病として避けるべきところが多く書いてあったので、もともと苦手とし
たことで、ますますかえって身動きがとれなく思えたので、わずらわしく
て返してしまった。よく内容をご存知の方の詠みぶりとしては、ありふれ
た歌ですね」
とおっしゃって、おもしろがっていらっしゃる様子、お気の毒なことであ
る。 上は、たいそう真面目になって、
「どうして、お返しになったのですか。書き写して、姫君にもお見せなさる
べきでしたのに。私の手もとにも、何かの中にあったのも、虫がみな食って
しまいましたので。まだ見てない人は、やはり特に心得が足りないのです」
とおっしゃる。
「姫君のお勉強には、必要がないでしょう。総じて女性は、何か好きなもの
を見つけてそれに凝ってしまうことは、体裁のよいものではありません。ど
のようなことにも、不調法というのも感心しないものです。ただ自分の考16
えだけは、ふらふらさせずに持っていて、おだやかに振る舞うのが、見た
目にも無難というものです」
などとおっしゃって、返歌をしようとはまったくお考えでないので、
「返してしまおう、とあるようなのに、こちらからお返歌なさらないのも、礼
儀に外れていましょう」
と、お勧め申し上げなさる。思いやりのあるお心なので、お書きになる。
とても気安いふうである。
「お返ししましょうとおっしゃるにつけても 独り寝のあなたをお察しいた
します ごもっともですね」
とあったようである。